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玄関ドアに向かう足を止めるための工夫
徘徊防止のための玄関ドアの鍵は、万が一の事態を防ぐための、非常に重要な安全装置です。しかし、それはあくまで最後の砦であり、可能であれば、ご本人が玄関ドアに向かうという行動そのものを、穏やかな形で、減らしていきたいと願うのが、介護者の本音でしょう。そのためには、物理的な対策と並行して、ご本人の心理や生活環境に働きかけ、徘徊の根本的な動機を和らげる工夫が、効果的です。まず、徘徊の引き金となりやすい「不安」や「混乱」を取り除く環境作りを心掛けましょう。特に夜間の徘徊は、暗闇の中でトイレの場所が分からなくなることが、きっかけになるケースが多くあります。寝室からトイレまでの廊下に、センサーで点灯する足元灯を設置したり、トイレのドアに、大きく「便所」と書いた紙を貼ったりするだけで、ご本人は安心して目的地にたどり着くことができ、そのまま玄関ドアへ向かってしまうのを防げる場合があります。また、ご本人が落ち着ける空間を作ることも重要です。穏やかな音楽を流したり、好きな香りのアロマを焚いたり、使い慣れた愛用の椅子を、常に同じ場所に置いておくなど、居心地の良いリビングを整えることで、外に出たいという欲求が、薄れることがあります。日中の過ごし方も、夜間の行動に大きく影響します。天気の良い日には、一緒に散歩に出かける、簡単な家事を手伝ってもらうなど、適度な運動や役割を持つことで、生活にメリハリが生まれ、夜間にぐっすりと眠れるようになります。これにより、夜間の不穏な行動を減らす効果が期待できます。さらに、少しユニークな方法として、玄関ドアそのものに「カモフラージュ」を施す、というアプローチもあります。例えば、ドアにご本人が好きだった、故郷の風景などの大きなポスターを貼って、そこが「出口である」という認識を、しにくくさせるのです。あるいは、「本日は営業しておりません」「お休みです」といった、ご本人が現役時代に見慣れていたような、納得しやすい言葉の張り紙をすることも、外出を思いとどまらせる、きっかけになる場合があります。
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徘徊防止と緊急時の避難の両立
認知症の家族を、徘徊の危険から守るために、玄関ドアに、内側から開けられない、強力な鍵を取り付ける。その選択は、家族の安全を守る上で、非常に有効です。しかし、その強固な守りは、一歩間違えれば、火災や地震といった、緊急災害が発生した際に、家族の命を脅かす、恐ろしい「罠」へと、姿を変えてしまう危険性を、常に内包しています。徘徊防止という「日常の安全」と、緊急時の避難という「非日常の安全」。この、時に相反する二つの要求を、いかにして両立させるか。それは、介護に携わる全ての人が、真剣に向き合わなければならない、極めて重い課題です。このジレンマを解決するための、最も確実な方法の一つが、テクノロジーの活用です。具体的には、「火災報知器と連動する電気錠システム」の導入です。これは、室内に設置された煙感知器や熱感知器が、火災を検知して警報を発すると、その信号と連動して、玄関ドアの電気錠が「自動的に解錠される」という、画期的な仕組みです。このシステムがあれば、たとえ玄関が、内側から開けられないように設定されていたとしても、火災発生時には、中にいる人が自力で避難したり、あるいは、駆けつけた救助隊が、スムーズに室内へ進入したりすることが可能になります。また、アナログな対策として、「合鍵の管理体制」を、徹底的に見直すことも重要です。例えば、緊急時に、すぐに駆けつけてくれる、近隣の親族や、信頼できる隣人に、事情を説明した上で、合鍵を預けておく。あるいは、地域の社会福祉協議会などが提供する「合鍵預かりサービス」を利用する、という選択肢もあります。そして、これらの対策と合わせて、必ず行わなければならないのが、避難経路の複数確保です。玄関ドアだけでなく、庭に面した掃き出し窓など、他の出口の開け方を、家族全員で確認し、定期的に避難訓練を行っておくこと。徘徊防止の鍵は、決して、家族を危険に晒すためのものであってはなりません。その鍵を設置する際には、必ず、その「命の出口」を、いかにして確保するかという問題を、セットで考える。その責任感が、本当の意味で、家族の命を守ることに繋がるのです。